題目:「尼公と聖人の御話」

――以下、本文――

「ところで、太子様は何時頃帰ってくるのかのう?」
「その言葉、これで10回目だぞ布都」

神霊異変が終わって数日、布都と屠自古は神子の帰りを待っていた。
神霊廟の上に経った寺院の僧侶に会いに行くと言って早一日。
数刻もすれば帰宅するだろうと踏んでいた二人は珍しく神子について行かなかったのだが、それが裏目に出たのだろうか。
一日経っても神子が帰宅することは無く、依然として連絡もないままであった。

「いくらなんでも泊まるなら泊まるで何かしら連絡がありそうなものじゃがのう……」
「それは、確かにそうだが。しかしもしまだ話しあっていたら邪魔にならないか?」

神子が去り際に言った"大丈夫です、何事もありませんよ"という言葉を鵜呑みにしていた屠自古もそろそろ心配になってくる。
布都と意見が合うのは腹立たしいが、如何せんその心配の対象は他でもない神子である。

「そんなもの、その時は外で待っていれば良いだけのことであろう?(ドヤァ」
「そうだな。じゃあ迎えに行くか。その代りお前の晩飯は抜きな」
「な、なんじゃと?!(ヘナァ」

こうして二人は神子を迎えに行くことになったのである。

◆ ◆

それより約一日前、神子が白蓮の元に着いて数刻が経った頃。

「こんな宴会まで開いて貰わなくても……あぁ、布都と屠自古も連れてくるんだった……」
「ふふふ、神子ちゃんは可愛いですわ」

無事異変を解決して、懸念していた事案が無くなったことも相まって、珍しく命蓮寺では妖怪達を呼んでの宴会が行われた。
本来ならばその様な行為は禁止されているのだが、幻想郷の新顔を呼んでのサプライズパーティーとのことだった。
今夜だけ、その条件のもとに慣れない酒を飲んだ白蓮はすぐに潰れてしまったようだった。
見た目と相反してすぐにでろんでろんになってしまった白蓮を見た神子は、とりあえず彼女を部屋まで送ろうとして寅丸等に部屋を聞いた。
寅丸達は自分等が送ると言っていたが、あくまでこの宴会の返礼も兼ねてという口上を添えると寅丸等は部屋の場所を教えてくれた。

そして部屋に着いた……のだが。

「神子ちゃんの髪ってぴこぴこしていますのね。うふふ、びよーん」
「やめてください、伸びてしまいます」

思ったよりも白蓮が悪酔いであった上に中々寝ず、さらに絡み酒であるのか神子のことを全く離す様子が無かった。
宴会の前に互いの経歴を話したところ、共に死を嫌ったこと、別に妖怪には敵意を抱いてはいないこと、その辺を白蓮は痛く気に入ったのか神子に御執心だった。
あくまで理性でそれを抑えていたようだが、酒で箍が外れた様である。
惜しげも無く神子のことを"神子ちゃん"と呼び、抱き着いたりすりすりしたりのオンパレードであった。
神子も、別に嫌がらせをされているわけではなく、好意からくる行為だということで嫌がったりはしなかった。

そんな中、白蓮が神子を抱きしめて――キスをした。

「んむっ?! んー! んー! ん……んん」
「んっ……はぁ、はむっ……」

咄嗟のことに驚いた神子だが、白蓮が無意識に何かしらの力を使っているのか引き剥がすことが出来ない。
結局白蓮が離すまで、二人はずっと口づけをしていた。

問題はその後である。

「あ、あれ? 身体が……」
「あらあら、神子ちゃんが小さくなっていますわ!」

白蓮の術であるのか、神子の身体は急速に縮んでいった。
神子はどうにかしようとしたが、如何せん知っている道教の術にこの状況を解決する様なものは無い。
青蛾なら知っていようが、まさかこんな状況になるとは夢にも思わなかった神子はそんな術を体得しているわけが無かった。
最終的に、白蓮の掌に座り込めるような大きさまで縮んでしまったのである。

◆ ◆

「ちっちゃな神子ちゃんも可愛いですわ!」
「はぁ、どうしましょう……」

白蓮は神子を掌に乗せて、色々と弄っていた。
頭を指で撫でたり、胸をつまもうとしたり、あそこを触ろうとしたり。
挙句の果てには顔等を舐めたりもしていた。
神子は抗おうにも絶望的な身体差によってそれが無理であることを悟った様で、無駄な抵抗はしなかった。
酒がほんのり混じった白蓮の唾液に塗れ、彼女が正気に戻るのを待とうと決めていた、その時だった。

「神子ちゃんって美味しそうですわぁ……」
「え、いやあの、ちょっと、何を」

白蓮の、神子に対する目が変わり、怪しく微笑むと白蓮はおもむろに神子の服を脱がし、口の中へ放り込んだ。

「きゃあっ?! ちょ、ちょっと! 出して、出してください!」
「んむー❤ んぐんぐ」

大きな舌に揉まれ、裸体を良いように弄ばれる神子。
湿っぽい空気と白蓮の匂い、そしてこの異常な環境に包まれて、そろそろ彼女も麻痺しかけていた。
そして白蓮は器用に口の中で神子の秘所を攻める。
喘ぎ声をあげる神子を余所に、白蓮はとても満足そうな顔をして、次第に上を向いていった。

「あんっ、ひぁんっ! やめ、やめてくださ、いやっ! ひゃんっ! ……え、えっ?!」

次第に傾いていく斜面。
唾液で濡れた斜面を登る術は神子に残されていなかった。
そのまま神子は舌を滑り落ちていく。

「や、やめて! 呑まな、呑まないで」
「……ん、んくっ」

ごっくん……

◆ ◆

どくん……どくん……

(彼女は寝てしまったのでしょうか……)

神子の身体は既に人間の物ではないので、窒息することも消化されることも無かった。
しかし横になった白蓮の体内から脱出しようにも噴門が開いてはくれず、幽門しか開いてはいなかった。
だからといって幽門を潜って奥へと進んでしまえば、その後にどうなるのかは自明の理である。
神子は流石にそれだけは回避しようと、白蓮が起きるのを待っていた。

(それにしても……私のことを"神子ちゃん"だなんて……)

彼女はくすくすと笑う。
今まで、身近な者でさえも様付け、敬語でしか話す者は居なかった。
どれだけ相手が年上であろうと、いつも聖人として人に敬われていた。
だから、逆に相応な友人、ましてや自分を呼び捨てや愛称、ちゃん付けやさん付けで呼ぶ人は居なかったのだ。
居たとしても、精々"太子"が関の山。
彼女は人々と隔絶を感じていた。
それを。

(相手が酔っているとはいえ、そう言われたのは初めて。……なんだか、新鮮ですね)

自分を酔って口づけをして縮めた挙句、喰ってしまったこの僧侶。
でもそんな僧侶に対して神子は敵対心や不快感を抱いてはいなかった。

くるるるる……

白蓮の腹が鳴る。
大きな音。
鼓動や腹の音、くぐもった外の音が包み込む。
ぬるい温泉の様な温度の胃液に浸かりながら、彼女はそのままふんわりと意識を手放していった。

◆ ◆

「……あ、あら? 私は何を……」

次の日の夕方、白蓮は目を覚ました。
慣れない酒を飲んだせいで、逆に酒に呑まれてしまったようだ。
記憶があやふやになっていた。

(確か昨日は聖人様を呼んでの宴会で、その後私はどうしたのかしら……?)

誰かが傍にいたことを覚えている。
誰かが私を部屋に運んだことも覚えている。
そしてその後は――

(…………?!)

「わ、わわわ、私ったらなんてことを……っ!!!」

神子は聖人と言ってもあくまで人間である(とこの時白蓮はそう思っていた)。
そして人間は喰われれば当然消化されて、死んでしまう。

(妖怪の味方とはいえ、本当に人喰い妖怪の様な事を、私は、私は……!)

兎にも角にもまずは神子を吐き出すことが先決である。
間に合うだろうか。
彼女は腹の中で暴れたのだろうか。
それとも諦めてそのまま消化されてしまったのだろうか。
白蓮は焦る。
自分が人を喰い殺してしまったのではないかと焦り、心拍数は限界まで跳ね上がっていた。
真っ青な表情とは裏腹に、顔を真っ赤にして彼女は喉と腹に手を当てる。

「……ぇぇぇ、えぶっ……んぐっ、ぶはっ!!」

びちゃちゃ、ぼちゃんっ、ばちゃんっ

白蓮は胃の中にあるものを全て吐き出した。
もう場所など構っていられなかった。
一面に自分の胃液と溶けた食物が広がる。

そしてその中に、裸の神子がいた。

「っ!! 神子さん、神子さん! 大丈夫ですか!?」

部屋の外に聞こえない様、最大限に声を殺して彼女に問いかける。
彼女の身体を丁寧に拭いて、再び口づけをして元の大きさに戻す。
溶けて、いない。
どこも怪我をしていない。
……どうやら生きているようだった。

(よ、良かった……)

白蓮は安心した後、そのまま安堵したのか再び気絶してしまった。

◆ ◆

「えーと、太子様は白蓮殿の部屋におるのじゃな?」
「はい、そうです。聖が酔い潰れてしまって……宴の主役だというのに看護させてしまって申し訳ありませんでした……」
「あぁ、豊聡耳様なら言い出しそうだな……」

丁度その頃、布都と屠自古は命蓮寺に訪れており、寅丸に神子の所在を尋ねていた。
寅丸からその所在を伺った後、二人は件の部屋へと赴く。

「太子様の器なら白蓮殿をも手籠めにしておるやもしれんな!」
「言っておくが、その尼公は女性だぞ……?」

普段のテンションのまま、布都と屠自古は件の部屋に着く。
中から話し声は聞こえない。
酔いが抜けずに、まだ寝ているのだろうか。
寺の者はそっとしておくと言っていたが、自分達は来訪者である。
目的の人物が何をしているのかくらいは知っても怒られないだろう。
そう思った布都は扉を開けようかどうか悩んでいる屠自古を余所に勢いよく扉を開け放った。

スッパーン!

「やぁやぁ御二方、もう夕暮れで御座いますぞ! いい加減起きたらど……う……かのう……? あふぅ」
「お、お前確認も取らずに何をして……?! ちょ、物部っ!?」

其処に有ったのは、裸の神子と、それを抱きしめるようにして寝ている白蓮だった。
まさか。
よもや。
先程言った戯言が逆の形となって現実の物になっていようとは。
そう考えた布都の頭は一瞬でショートした。
咄嗟に布都を支えた屠自古だが、目の前の出来事について理解しかねていた。
そしてとりあえず、そっと扉を閉めると、とりあえず『まだ二人は寝ていた』と気絶した布都を怪訝そうな顔で見ていた寅丸達に伝え、命蓮寺を後にした。

「……結局、あの二人に何があったんだ。聞かない方が良いのだろうか……?」

数日後、屠自古の心遣いも空しく、散々騒いで回った布都によって『ひじ×みこ説』が一時期幻想郷の話題を呼んだのはまた別の御話。

~了~