ぺろんっ。
 原真紀は右手の親指と人差し指に挟まれてジタバタと動く小動物のようなもの──とても小さなサイズの人間をゆっくりと顔に近付けるやいなや、舌を出しておもむろにその小さな人間の顔を舐めた。
「うわっ」
 突然、巨大な舌に顔面を舐められた小さな人間──飯田駆は舌のザラザラした感触やまとわり付く唾液の感触に驚き、戸惑い、どうして自分がこんな目に遭わなければならないのかと運命を呪ったが、その命運が残忍な少女の指先に委ねられていることを悟るのにさほど時間はかからず、ただただ絶望するより他は無かった。

 30分前。
 真紀に呼び出されて理科準備室へ来た駆が準備室のドアを閉めると、何か光線のようなものを全身に浴びせられ、意識を失った。
 駆が意識を取り戻すと、そこは床と壁がガラスで出来た小部屋のような空間だった。
「気が付いた?」
 駆の頭上から大地が割れるような声が響く。何事かと思って見上げると、そこには同じクラスの原真紀がいた。
 ただ、途方も無く違和感を覚えるのはその大きさ──身長160センチ弱の真紀がどうして自分を見上げているのか。まるで、突然に巨大化でもしたような──逆に考えれば、自分が小さくされてしまったと考える方が色々と説明が付きやすそうな感じである。
 さっき浴びたのは「物体縮小光線」か何かで、自分がいる空間は理科準備室のビーカーか何かだろう。そして、自分を縮めたのは真紀に違い無い。だが、どうしてそんなことをする必要があるのだろうか?
「あのね……飯田くん、」
 真紀は何か非常にもったいぶりながら切り出した。
「あたしのおやつに、なってくれないかな」
「……おやつ?」
 駆には真紀が言う「おやつ」と自分が縮小されたことがどう結び付くのか、最初は理解できなかった。が、ふと恐ろしい結論が頭の片隅をよぎったかと思うと、次の瞬間に真紀の口から駆の頭をよぎったのと全く同じ恐ろしい結論が発せられた。
「つまり、あたしに、食べられて欲しいの」
「ハァ?」
 何て恐ろしいことを言う娘なんだろう、と言うのが駆の偽らざる心境であった。
「冗談だろ? もし俺がこのままお前に食べられたら、胃の中で溶けちまうだろ」
 真紀は正直に言ってクラスの中では目立つ存在ではない。その真紀がこんな大胆で恐ろしげな行動に出るのは、何か深い事情があってのことかも知れない。そう思った駆は、真紀の悩みを解決する方法が自分を食べること以外にあるかどうかはわからないが、とにかく説得を試みようと思った。
 が、真紀が次に発した言葉はそんな駆の僅かな望みをも打ち砕くものだった。
「……これしか方法が無いの。うふふ」
 そう言って、真紀は右手の親指と人差し指で駆をひょいとつまみ上げて駆の顔を舌でペロッと一舐めし、その哀れな少年の全身を格納すべく可愛らしい口元をおもむろに開いた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 駆の全身は漆黒の口の中へ放り込まれた。そして、ザラザラした舌が駆の全身をリフトアップしてそのまま上顎との間に挟み込み、左右の頬の粘膜にこすり付けるかのように縦横無尽の動きで駆を翻弄し、そのたびに口内から分泌される唾液が駆の全身にねっとりとまとわり付いた。そして、真紀はもう十分にこの珍味を味わったと判断し、その舌は絶望の淵へと駆の全身を落とし込むべく、ゆっくりと傾斜して行った。そして、次の瞬間に真紀の喉から艶めかしい音が鳴り響いた。

 ゴクッ

 駆の頭が口蓋垂に撫でられた次の瞬間、その全身は蠕動する筋肉の管──食道へ転落し、そのまま猛烈な勢いで急降下した。
 ああ、俺はこのまま原の胃袋で消化されて死ぬのか──。
 そう思ったのも束の間、駆の全身は噴門を通過し、そのまま胃壁を滑り降りて胃の底で停止した。
 真紀は昼ご飯を食べていなかったのか、胃の中は空っぽだった。まだ胃液は分泌されていないとは言え、内部は既に濃厚な酸の臭いが立ち込め、その臭いは少し嗅いだだけで意識が朦朧として来る。
「うぅ……」
 もうすぐこの胃壁から大量の胃液が分泌され、自分の全身を溶かすに違い無い。そう思うと恐ろしい気もしたが、その一方で胃壁の襞や艶やかさにある種の美しい芸術を見出せそうな気がするのが駆にはとても不思議であった。
 この美しさは、年頃の少女に特有のものなのだろうか。それとも、老若男女を問わず誰の体内でもこのように美しい光景なのだろうか。
 そんなことを考えている間も無く、真紀の胃はその動物的本能に忠実に──生きたまま取り込まれた者の考えなどとは全く、無関係に激しく蠕動して大量の胃液を分泌し、消化活動を開始した。

 ケップ。

 真紀の胃から酸の香りがする空気が食道を逆流し、口から漏れ出した。
「……おっかしいなぁ。結構長いことジタバタするって言ってたのに……」
 真紀は左手で胃のあたりを押さえながら駆が胃の中で動いているかどうか確かめようとしたが、胃が蠕動して内部に取り込まれた食物を消化しているらしい動きは感じられたものの取り込まれた食物がまだ生きているかどうかまではわからなかった。
「本当に、これでおっぱい大きくなるのかなぁ……」