少年は、秋が好きだった。
田畑が恵みに覆われ、山々の木々は赤や黄色に美しく染まる。体を包み込む涼しい風、虫達の赴きある鳴き声。秋の一つ一つが、少年は好きだった。
そして、彼が秋を好きな理由。それは、彼自身が、秋の真っ盛りに生まれたというところにもあった。

妖怪の山に近い、小さな里。この里に、少年は生まれた。
秋真っ盛り、赤とんぼが舞い、稲穂が揺れる晴れの日のことだった。
しかしそれ以前に特筆するべきは、少年の身の丈。その大きさは、だいたい一寸を三等分したぐらいしかなかった。
それでも両親は初めて生まれたかわいい息子と、一生懸命に育てていた。

しかし、少年が八の歳になった時に、事態は一転した。
両親が殺されたのだ。それも、自分の存在が里の衆に知られたことが理由で。



元々排他的な里であったこともあって、里の衆は身の丈が小さな少年を妖怪のたぐいと考えた。そしてその恐怖の矛先は、「妖怪」を匿っているとされた少年の両親に、激しい怒りとして向けられた。
少年の両親は里の衆に殺され、少年は命からがら逃げ出した。その後は、木の実を食いつないだり、よその家の蔵に忍び込んで食糧を失敬したりしつつ、何とかしのいでいた。

幼くして両親を殺されたことは、少年の心に大きな影を落とした。両親を亡くしてすぐの間、少年は両親を後追って死のうとすら考えた。
しかし、そんな少年の心の拠り所となった場所があった。里の外れにある、秋の神を祭った小さな祠だった。

少年の両親は、そこの神を信仰していた。少年もそこについて行き、いつも参詣していた。
そのたびに、少年の両親は、彼にこう言っていた。

「ここの神様は、里の人々に秋の恵みを与えてくださる。特にお前はこの神様のおかげでこの世に生まれてこれたんだ。常に感謝しなければならないよ」と。

少年もこの祠が好きだった。秋が好きということも理由としてあったが、この祠は、ますますその感情を加速させた。
多くの社があるこの里の中で、こじんまりと里の外れのところに立っている姿が、少年自身の姿に似ていたからだった。
両親を殺された後も、少年はこの祠に通い続けた。両親が生きていた時のように、毎日供物を捧げることはできなかったが、雨の日も風の日も、無論秋の日も、少年は毎日参詣していた。


(僕を生んでくれた、秋の神様って一体どんな人たちなんだろう。一度でいいからお会いしてみたいな)


その希望を胸に、少年は日々を生き続けていた。





少年の両親が殺され、4年の月日が経った。相変わらず少年は、その祠に通い続けていた。
両親が殺されてから、祠は荒れ果てていた。もともと参詣するのが少年の家族しかいなかったこともあってか、そこに祠があるのか無いのかすら分からない状態までに荒れてしまっていた。
少年も何とか阻止しようと、できるだけ祠を綺麗にしようとするが、少年一人の力ではどうにもならなかった。

その荒れ方が神の怒りに触れたのだろうか、その年、ついに里に一大事が起こった。
長い間の日照り。作物は元気を無くし、枯れかける。里の衆も何とか対策を取ろうとしたのだが、結局どうにもならなかった。
「これは、秋の神様の祟りなのかもしれない」そういった考えが少し、里の衆の中に首をもたげた。

しかし里の衆は、それを認めたくなかった。秋の神様などいなくても、秋は必ずやってくる。そんな非科学的な存在に、俺たちの作物を荒らされてたまるか、と。
もともと、この里の中で秋の神様を信仰している者は殆どいなかった。特に、少年の両親が殺された後は、この里に秋の神を信仰する者は無かった。
「秋の神などいなくても、俺たちは俺たちで作物を作れる。彼らの出る幕など無い」それが里の衆の共通理解だったのだ。

しかし、そんな彼らにますます怒り狂ったのか。日照りはますます続いて行く、作物も枯れ始めてきた。これは本当に、祟りなのではないか?里の衆の不安は、だんだん確信に変わってきた。
そこで、里の衆は、何とか神様に鎮まってもらおうと、生贄を捧げようと考えた。
ところが、生贄を捧げようにも、そんな秋の神様なんかに生贄を捧げられたいなどと思う者は一人もいなかった。
誰かを無理やり選ぼうにも、それはまた忍びないということで却下されてしまう。
そうしてあーでもないこーでもないと考えているうちに、里の衆に、妙案が思い付いた。


―そうだ。あの「妖怪」を生贄に捧げよう。あいつは身の丈は小さいが、外見は人間だ。秋の神様も騙せるし、あいつを始末することもできる。一石二鳥じゃないか。


こうして、里の衆は、少年を生贄に捧げることを決めた。


(ここから少年視点)


里の衆の追っ手は凄まじいものだった。逃げても逃げても捕まえようとやってくる。木の実が少なく、長いこと何も食べていなかったこともあって、僕はすぐに捕まってしまった。
何をされるのかと思っていたら「お前を秋の神様に捧げるのさ」だって。

正直に言おう。僕はそれを聞いて、ちょっと嬉しかった。
何たって、長いことお参りしていた神様に会えるんだもの。父さんや母さんでもなし得なかったことを、僕が今やろうとしている、これって、何か、すごい。
僕は誇らしい気持ちになったが、そんな感情を里の衆にバラしてしまったら気が変わられるかも分からない。今は、黙って彼らの動きに任せることにした。


生贄に捧げられる日の当日、僕は真っ白な薄い服を着せられた。この日のために、彼らが用意してくれたものだった。
…ただ、神社の巫女さんが着るような上等の服じゃなくて、そこら辺にあるような粗末な布で作ったものだったけれど。
「あんな寂れた祠にお供えするには、こんなもので十分だ」と言っていた里の衆の言葉を聞いて、僕は怒り以上に、秋の神様に申し訳ない気持ちになった。とりあえず、お会いしたら、まずは謝ろう。

そして、夜。いよいよ儀式が始まった。祠への道を、僕は箱に詰められて運ばれていく。もちろん、祠の周りを綺麗にしようなどという気のきいたやつはいない。
彼らにとってこの儀式は、あくまで形式的なもの、僕を始末するためのものだってことは分かっていた。
けれどもそれ以上に、秋の神様にお会いできるという喜びと興奮に、僕は一人ドキドキしていた。



箱が置かれ、里の衆が帰っていく。そうして辺りを、シーンとした厳かな静寂が包む。
箱の中で、僕は一人考える。秋の神様に、僕はどうされるんだろう。里の衆の話では、僕は食べられるらしい。痛いのかな、痛くしないでくれたらいいな。
まぁ、痛くても痛くなくても、僕は秋の中に帰っていくんだ。秋に生まれて、秋の神様にお会いできて、そうして秋の中に帰っていく。
生まれ変わったら、また秋に生まれることができたらいいな。できれば、もっと幸せな人生で…。

そう考えているうちに、僕はいつの間にか、箱の中で眠ってしまっていた。





「う~、里の連中、ちゃんと生贄捧げてくれたかなぁ…」

祠へ向かう足取りが重い。
ちょっと神の威厳を見せつけてみたが、ちゃんと彼らに届いているのか、私は不安だった。

「大丈夫よ穣子。里の人たちも、きっとそこまで冷たくは無いと思うわ」

そう答えるお姉ちゃん。よくもまぁ、そんな暢気なことを…。

「しっかし、どうするかなぁ…。勢いで生贄捧げさせちゃったけど、生贄をどうするか…」

「まぁ、またあのスキマ妖怪に頼んで、他の世界に飛ばしてもらったら?」

お姉ちゃんが軽い調子で答える。そんな、人間を宅配ピザみたいな調子で言うのは…

「う~ん、やっぱりそうするしかないかなぁ。でもあの妖怪、私苦手なんだよねぇ。人間の方もたまったもんじゃないだろうし」

「あら、このままじゃ信仰がなくなるって息まいてたのは、穣子の方じゃないの。今更生贄をほっとくつもり?」

「まぁ、そうだよねぇ…、ここでやっぱりうちらの力を見せつけるというか、お、着いた着いた」

草をかき分けかき分け、ようやく祠に到着する。相変わらず手入れされてないな。ちくしょう。
心の中で舌打ちしつつ、私は早速、生贄が置かれているらしい箱を見つけた。お、人間たち、ちゃんと約束守ってくれたんだな、感心感心。
箱からは音がしない。死んでいるのかなとも思ったが、耳を当てるとかすかな寝息。どうやら眠っているようだった。
私は中にいる生贄を起こさないように、音を立てず、徐に箱を開けた。生贄さんとのご対面だ。

「ごたいめ~ん…、って、あれ」

「どうしたの?…って、あら」

二人とも同じ反応をしてしまう。箱の中は空洞、つまり、何も無かった。
…いや、何も無かった、は間違いだった。よく見ると、隅っこの方に小さな人影。うっかりすると見落としてしまいそうな感じだった。
私は人間を起こさないように、そっと箱の中に手を入れると、小さな人間を掌でそっと掬いあげた。一瞬彼は身をよじらせたが、完全に覚醒はしなかった。
箱の外に出し、月明かりに手の中を映す。まだ幼い少年のようだ。十一か十二ぐらいの年、端正な顔立ちに、まだあどけなさが残っている。
驚くべきはその大きさだった。私が片手で持ってもまだ掌で持て余せる、小さな体。これを人間は、生贄に差しだしたというのか。

私は、がっかりした。そんなに自分たちを信仰したくないのか、そんなに自分たちはいらない神様なのかと。挙句の果てに、こんな人間とも言い難い人間を生贄に差しだすのかと。
お姉ちゃんの方を見ると、同じように肩をすくめている。必要とされていない悲しさ、切なさ、怒り。何とも名状しがたい感情が、私たちの間を漂っていた。

と、

「んぅ…んっ…」

少年が起きる。この時になって、私たちは焦った。
少年をどうする?外の世界に送れるのか?またそこで危険な目に遭わないだろうか?送れないとしたらどうすればいいのか?
そんな私たちの心配をよそに、少年は私の掌の中で、うっすらと目を開けた。





「んぅ…んっ…」

体を包む。暖かな感覚。その気持ちよさに、僕はうっすらと目を開ける。
なんだろう、何だかすごく、懐かしい感覚。

目を覚ますと、どこか柔らかい地面に乗せられていた。見覚えのある景色、これは…手?
ぼやっとした頭で、そう考える。が、上を見た瞬間に、僕の頭は一挙に覚醒した。

「!!」

二つの目が、僕のことを見つめている。思わず後ずさりしてしまう。
心を落ち着けて、もう一度よく見てみると、里の衆とは明らかに違う恰好をしていた。
見たこともない、橙の帽子を被り、洋服はゆったりとしたこれまた橙や黄色の入ったものを着ている。
特筆すべきは、帽子についた葡萄の房。黄金色の髪がそれに対比され、その美しさを際立たせている。

よく見ると、彼女の後ろにもう一人、女性の姿があった。
自分を持っている女性と同じ金髪だが、帽子は被っていない。洋服も、黄色や橙でなく赤一色に染められている。その色は、まるで山々を覆う紅葉のようだった。
そして同じように頭を見ると、金髪にアクセサリーのように付いた、紅葉の葉っぱ。この二人から余すところなく感じられる、秋の雰囲気。

僕は確信した。このお姉ちゃんたちは、間違いなく、秋の神様だ。本当にいらっしゃったんだ。今こうして、神様の前に、僕はいるんだ。





覚醒したのち、少年は交互に私たちの姿を見ていた。たぶん、里の衆と勘違いしているのかもしれない。
が、突然、少年の顔に、徐々に笑顔が広がる。不意をつかれ、私たちはギョッとなってしまった。
そして、溢れ出るように少年の口から出てくる喜びの声。

「ああ、やっと会えた…!秋の神様…!僕、ずっと…、ずっと…!!」

何が言いたいのか分からないんだろう、かすれた声を出しながら、私たちに会えて嬉しいというような事を話しだす少年。
やがて、あまりの嬉しさに感極まったのだろうか。

「本当に、僕、ずっと待ってました、で、で、その、えと、あの、う、うわぁ~ん!!!!」

ああ、泣いてしまった。どうしよう。コレ。
一人でまくし立てた後に、少年はボロボロと泣いてしまった。えっと、どうしよう、どうしよう。
私はお姉ちゃんに助けを求める。するとお姉ちゃん、少し考え、私のもとに寄ると、


なで、なで


指の腹で、私の掌の上に乗る少年を優しく撫でた。何も少年に語りかけることなく、その顔に優しい笑みをたたえながら。流石お姉ちゃんだ、人間の扱い方を分かっている。





暖かい、撫でられる感触。秋の神様って、こんなに暖かいものだったんだ。
泣きながら、僕はそう思う。そして、その感覚がますます僕の涙に拍車を掛ける。
嬉しい、僕はとうとう、秋の神様に逢うことができたんだ。しかも、直にこうして触れあうことができるなんて。これ以上の幸せはなかった。





そうして、少年を思う存分泣かせた後、ようやく落ち着いてきたころに、私はようやく少年に声を掛けることができた。

「あの~…、キミは、その、生贄、くん?」

生贄にくん付けなんて、と心の中で笑ってしまう。すると少年はまた興奮したのか、

「は、はい!生贄です!!」





すごく誇らしい。こうして秋の神様の前で自分が生贄であると言えるなんて。
が、僕はその時、忘れていたことを思い出した。
そうだ。謝らなきゃ。生贄のくせに、こんな粗末な服で献上されてしまうなんて。

「あ、あの!ほ、ホントごめんなさい!こんな粗末な服で。神様に献上しないといけないはずなのに、凄く、その、失礼ですよね。
ホントはもっと綺麗な服で献上されないといけないんだけど、里の衆がこんな服でもいいやって言うから…。自分で用意できれば良かったんですけど、それもできなくて…。本当に、本当にごめんなさい!」

言ってしまった。さぁ、これで僕は何をされても文句は言えない。でもいいんだ。僕の申し訳ないという気持ちが伝われば。
が、掌の主を見ると、凄くバツの悪そうな顔をしている。何かマズいこと言っちゃったかな。急に不安な気持ちになる。





これは困った。本人は生贄にされる気マンマンらしい。
スキマ妖怪に頼んで他の世界に飛ばすことができないとなると、このまま里にこっそり返そうかと思っていたが、こうも熱心な生贄というのも初めてだ。正直、扱いに困ってしまう。
見れば、少年も不安そうな顔をしている。これはいけない。私の考えを読まれちゃったかな。
う~んう~んと悩んでいると、またここでお姉ちゃんの助け舟。

「ねぇ、貴方。そんなに生贄にされたいって…。クスッ、私そんな人初めて見たわ。」

「は、はい!いつもお参りしている神様にお逢いできるのが、凄く嬉しくて…!」

照れくさそうに話す少年。お、この里にもここを参拝する人がまだ残っていたのか。

「フフ、ねぇ、貴方、秋が好きなの?」





来た!ここは秋の神様たちに、目いっぱいこれまでの感謝を伝えられるチャンスだ!僕は息まいた。

「は、はい!!」

そう言うが速いか、僕は彼女たちに、いろいろなことを話した。
まず、秋という季節の素晴らしさ、山々が美しく染まり、実りをもたらしてくれることへの感謝の気持ち。
そして、僕の家族がみんな秋の神様を信仰していたこと。
それから、両親が殺され(ここでも僕は泣きそうになったが、何とかこらえた)、それからずっとここに参拝していたこと。
この祠が荒れ放題になり、それに何もしてやることができなかったことに対する申し訳ない気持ち。
そして最後に、僕を生んでくれた秋という季節に、僕はとても感謝しているということ。

正直、言葉は何を言ったのか、興奮していたせいもあってか覚えていない。
でも、僕は自分の語彙を一生懸命に使って、神様たちにこれまでの感謝の気持ちやお詫びの気持ちを頑張って伝えた。



そうして一通り言い終わった。ちゃんと伝えられたかな。ちょっと不安も感じるけれど、頑張って伝えられたから、まぁ、いいや。
すると、急に持ち上げられる感触。わっ、わっ、と思っている間に、急にギュッとどこかに押し付けられた。
体中を包む柔らかくて暖かい感触。何と僕は、秋の神様の胸に思いっきり抱きしめられていたのだ。
何が起こったのか分からない僕に、頭上から聞こえる大音響。



「んも~!何、それ!!!貴方本当に最ッ、高ッ!!!!」





こんなに嬉しいことは無かった。秋のことを、こんなに愛してくれる人がいたなんて。
ましてや、毎日私たちのことを信奉してくれる人がいたなんて…!私はもう、涙が出るほどうれしかった。

私たち姉妹は、もともとここの住民ではなかった。
外の世界で、ちゃんと神様として、秋という季節を統べていた。
が、技術の発展に伴って、私たちを信仰してくれる者が減り、やむを得ず私たちは、今いる新しい世界にやってきた。
最初のうちは良かった。ここでも、私たちを信仰してくれる人たちはいた。が、この世界にも、やがて技術の発展の波が押し寄せ、前の世界と同様、ここでも信仰を失っていった。
もはや、秋の神などという存在は要らない存在なのか。私たちは信仰を失い、消えゆく恐怖におびえながら、日々を過ごしていた。

だが、そんなことは無かった!一人でも、たとえ一人でも、こんなに私たちを信仰してくれる存在がいたのだ!
久しぶりに純粋な信仰を見た私は、とても満ち足りた気分だった。お姉ちゃんも、私ほどのように大喜びはしないが、静かにその存在を喜んでいた。
こうして、この少年をぎゅっと胸に抱きしめているうちに、私の心の中に、この少年を保護したいという気持ちが浮かんだ。


外の世界に出してやるものか。こんなに私たちのことを信奉してくれる存在だ。信者を守ってこその神ではないのか!


そのためには、この少年を何とか生かしてやらなければならない。だが、この少年は生贄にされる気マンマンのようだ。
私は悩んだ。どうすれば、少年の意思をくみ取りつつ、生かしてやることができるだろうか?と。

ゆっくりと、少年を胸から解放する。そうして、少年を、優しく見つめる。久しぶりに、神様らしいまなざしを向けることができたと思う。少年は恥ずかしかったのか、目を背けてしまった。
そんな少年を見つつも、私は何か妙案が無いかと考えた。何とか少年を生かす方法…!

と、私の肩をトントンと叩く感覚。振り向くと、そこにいたのはお姉ちゃんだった。
何?という顔を向けると、耳を貸せというジェスチャー。どうやら名案が浮かんだらしい。

勇んで口元に耳を近づけると、ボソボソと、お姉ちゃんが話す声。ふむふむ、なるほど、そうかそうか。
う~ん、確かにそれは名案!というか、少年の意思も汲み取れる一石二鳥案!
よっし、この作戦で行こう。


そして、私とお姉ちゃんは、「何?」と頭から?マークを飛ばす少年をもう一度優しく見つめ直した。

そう、私たちは神様。貴方のこれまでの信仰を、私たちは決して無駄にはしない。





「…あなた、名前は?」

神様のうち、帽子を被っている方が、僕に聞いてきた。

「え?あ、えっと…。…、です。」

たどたどしく答える。すると、神様の方はにっこり笑みを浮かべる。

「そう、一応私たちにも名前があるから、紹介しておくわ。私は穣子(みのりこ)。こっちが静葉(しずは)。私のお姉ちゃんよ」

「よろしく」

穣子様に、静葉様…。何て素敵な名前なんだろう。
宜しくお願いしますと頭を下げる僕の体を、穣子様がもう一度顔の高さまで持ってくる。

「…。貴方の信仰、しかと受け取ったわ。これから私たちが貴方を、責任を持って生贄として受け入れます。覚悟はいい?」

来た。ついに来た。緊張する。しかし、その緊張を見抜いたのか、静葉様が後ろから急に擽ってきた。
ツボをついてくる指の動きに、思わず笑いだしてしまう僕。

「あはは!や、やめて、ください!くすぐったい!ハハハハハッ!!」

「ほらほら、そんなにカチカチになること無いのよ。体をリラックスして、私たちに委ねてくれればいいんだから」

「は、はい…」

静葉様の優しい声、さらに擽られたこともあってか、緊張が少しほぐれる僕。さらに穣子様が続ける。

「ただ…、その衣服、確かに生贄に捧げるにはちょっとらしくないわね」

ああ、やっぱりか。シュンとなってしまい、肩を落とす。

「何肩を落としてるのよ、貴方のような崇高な生贄にらしくないって言ってるの。もっと胸を張りなさい」

え?僕が崇高?驚いて前を見ると、穣子様の慈愛に満ちた微笑み。

「本当の生贄はね、裸なの。余計な服はいらない。体と、その中にある信仰を貰う。貴方の中の有り余る信仰を貰うには、裸で頂くのが一番なのよ」

と、言うが速いか、僕の体を覆う穣子様のもう片方の手。アッと声を上げる間もなく、僕は裸にされてしまった。
神様とは言え、女性の前で裸にされるなんて、ちょっと恥ずかしい。だけどそれ以上に、嬉しい。僕を崇高だって言ってくれるなんて…。こんな誇らしいこと、今までにあっただろうか。
穣子様と静葉様、両方を交互に見る。それに答えるように、お二人が微笑み返す。あぁ、やっぱりこの人たちは、神様だ。こんなに優しい神様たちを信奉出来て、僕は、幸せだ。

「さて、あんまり御託を並べてても、貴方が寒いだけだろうだから、早速頂くわよ」

「はい、神様」

もう、覚悟は出来た。これから僕はお二人の中に、秋の中に帰る。思いは伝えられたし、もう、悔いなんてない。
僕を乗せた掌が動き、穣子様の口元に持ってこられる。僕の目の前には、目いっぱいアップになった、彼女の唇。と、それが急に動き出す。

「ではまずは、祝福の接吻を…」

言うが速いか掌が傾き、僕は穣子様の唇に押し付けられる。互いに大きさの違う唇、それらを僕たちは重ね合わせる。柔らかい。暖かい。弾力があって、瑞々しい唇だった。
そして唇から離されると、いよいよ口が開かれる。月の光に照らされて、真っ暗な口の中が明らかになる。
虫歯一本も無い綺麗な歯、汚れていない綺麗なピンク色の舌、それらが唾液に濡れててらてらと光っている。そしてその奥には、真っ暗な洞窟、これから僕はここに取り込まれて、彼女の体内に向かうのだ。
と、そんな僕の思考を知ってか知らずか、穣子様の声が響いた。

「いただきます…」

さっきよりも速い勢いだった。ポンと掌が振動したかと思うと、僕の体が宙に上がる。そして、ベチャッと柔らかいところに着地する。ヌルヌルしていて、暖かい。
もちろんここがどこかも分かる。僕は、穣子様の舌の上に乗せられていた。ゆっくりとしまる唇、外界から、静葉様が手を振っているのが見える。さっきまで、あっち側にいたんだよなぁ…。


バクン…


口が閉じ、辺りは真っ暗になる。僕はついに、穣子様の口内に閉じ込められた。





「ん、おいひい…」

舌をくねらせ、少年を味わう。味と共に、少年から信仰が染み出してくるのが分かる。

「そんなに美味しいの?」

「うん…、信仰の分が、すほい…、あふれはひてきて…」





穣子様の口内、僕は彼女の舌に舐めまわされる。
僕の大きさをもってしても、まだまさその大きさには余裕がある舌。それが化け物のように蠢いて、僕の体を包み回す。
右左と頬に押し付けられたり、歯のいろいろなところで甘噛みされたり、溢れ出る唾液に溺れてしまいそうになったり。しかし、不思議と、それは苦痛ではなかった。むしろ快感だった。
舌に押し付けられても、ちゃんと僕が息をできるように配慮してくれる。甘噛みされても、僕が痛みを感じないようにしてくれてる。唾液も良いタイミングで飲み込んで(ただ、僕を飲み込む気はまだ無いらしい)随所随所に、彼女の配慮が感じられ、その優しさを僕は全身で感じ取っていた。
舌でつま先から頭の先まで舐められる。全裸であるためか、舌のぶつぶつや弾力がこれでもかと感じられる。暖かい、柔らかい、そして何よりも、優しい。まるでほのぼのとした秋晴れのような感覚だった。
そうして全身を襲う快感に身を震わせている時だった。

「んぅ!?」という大きな声。きっと穣子様の声だ。どうしたんだろうと思っていたら、背中からつんつん、と押される感覚。これは…舌?それも穣子様のものとは違う気がする…。
すると、背中からぐっと押し付けられる感覚が来て、僕はその場に倒れこんでしまった。何だ、一体何なんだこれ。





一瞬の出来事だった。美味しそうに少年を舐めまわしている姿を見て、お姉ちゃんもがまんできなくなったんだろう。味わいたいと思ったんだろう。
…急に、私の唇に口づけてきたのだ。しかも、舌を差しこんでくるという暴挙。

流石の私も、初めの内は焦った、お姉ちゃんの暴挙を何とか拒否しようと、舌をくねらせ、お姉ちゃんの舌を追い出そうとした。
だが、淫靡なお姉ちゃんの舌の動きには勝てなかった。おまけに、お姉ちゃんの舌の動きに転がされている少年の動きが私の口の中に感じられ、それが私の理性のリミッターを外してしまったのだ。
そして、とどめのこの一言。

「穣子…、ずるいわよ、一人で…の味感じるなんて、私にも味あわせなさいよ…」

艶のある声で、うるんだ眼をして言ってくるお姉ちゃん、うん、すごくエロい。

「うん…、でもお姉ちゃんだけっていうのも駄目だよ…、仲良く、二人で一緒に味わおうね…」


ピチャッ…、クチュッ…


祠の周りを、淫靡な水音が支配していた。





これは、静葉様の舌…?と思った時にはもう遅かった。
お二人の舌が、上下左右に僕の体を弄んでくる。舌と舌の間に挟まれ、その弾力を目いっぱいに感じる。
穣子様の舌に比べて、静葉様の舌はしなやかだった。でっぷりとした弾力の穣子様の舌と、しなやかで、僕の体を蛇のように責め立ててくる静葉様の舌。
そのどちらもが、僕には快感を与えるに十分だった。
お互いの舌に転がされ、どちらの口内にいるのかが分からなくなってくる。舌の感覚でどちらの口内にいるのかようやく分かり始めたころに、お二人の舌の動きに巻き込まれ、またどちらとも着かない場所に運ばれている。
臼歯の上に仰向けに乗せられ、その上から舌の攻撃を受ける。もうどちらの唾液に溺れているのかも分からない。暗闇の中、くちゃくちゃといやらしい音を立てながら、僕はお二人の舌の動きに巻き込まれていた。





「ん…」

舌に当たる、硬い感触。舐めてみると、そこは少年の局部だった。
やっぱりここは、「男」なのね、と、心の中でクスリと笑う。
お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんも少年の異変に気付いたようだった。
どうやらまんざらでもない様子、よし、じゃあ、行く?

私たちは、少年の股間にターゲットを絞ることにした。





どれぐらいの時間が経っただろうか、舌の動きはますます激しくなる。
さっきと違うのは、お二人の舌がさっきから僕の股間ばかり狙って舐めてくるということ。
そこを責め立てられるたびに、僕の体を電流が走る。今までに感じたことのないような気持ちよさ。なんだ、これ。頭がとろける。
舌の動き、質感、暖かな空間、唾液の粘り、時折聞こえてくるお二人の「んふぅ…、んんっ…」というようないやらしい声、その全部が、全部が、僕を絶頂に導こうとする。
ああ、もう駄目だ。何か出る!出ちゃう!と思ったその時だった。

僕を縛る、しなやかな何か。静葉様の舌だった。上半身を固定し、動かないようにしているようだ。何をするつもりなんだろう。ジンジンする下半身と、蕩けそうな頭の中、かろうじて考える。
と、足先の方で蠢くもう一つの何か。柔らかく、弾力がある。穣子様の舌だ。「?」と思ったその時、

ベチャッ

穣子様の舌が、僕の下半身に覆いかぶさる。下半身に、もちろん股間にもその弾力を強烈に感じさせてくる。うぁ、何だこれ、すごい。
抵抗しようにも、静葉様の舌がその動きを許さない。まるで「私たちに任せなさい」と言わんばかりに。そうしてもがいているうちに、穣子様の舌が上下にズッ、ズッと動き始めた。
股間がゾクゾクする。でっぷりと弾力のある舌が、股間に、その弾力を押し付けてくる、緩急を付け、時に速く、時にゆっくり、まるで僕の快感を見抜いているかのように責め立てる。

ああ、もうダメ。出ちゃう…、僕、穣子様と静葉様の口の中で、出しちゃう…!

その時、静葉様の舌が急に解かれる。「!?」と思った瞬間に、その上から穣子様の柔らかな舌がのしかかって、お二人の舌にサンドイッチにされる。
まるで、お二人から「出しちゃっていいよ」と言われるような感覚。ギュッと締め付けられ、体中が舌の肉に包み込まれる。それは、僕に絶頂を与えるのに十分な刺激だった。


ドクンッ!ドクンッ!!ドク…ッ…!!


12年間生きてきて、初めての「射精」。それを僕は、大好きだった秋の神様たちの、柔らかくて大きな舌に捧げていた。





「んっ…」

苦い味を、舌に感じる。どうやら果ててしまったらしい。きっと、この経験も少年にとっては冥利なんだろう。お姉ちゃんの唇と舌の感触を感じつつ、そう思う。
少年を包んでいる舌を外すと、私の口内に少年が落ち込んでくる感触が感じられる。気を失ってしまったのか、それとも快感に動けなくなってしまったのか、それは分からない。
が、私とお姉ちゃんは、そんな彼をいたわるように舌でねぶっていた。

私は、お姉ちゃんを見る。そろそろ、潮時かな。
お姉ちゃんもそんな私のアイコンタクトに気付いたのか、答えるように小さくうなずく。
どちらの腹に収めようか。私は少し悩んだ。が、その迷いは杞憂だった。

お姉ちゃんの舌が動き、私の舌の上に少年を乗せてくる。
驚いてお姉ちゃんを見ると、目で合図している。

「いいよ、飲み込んじゃって―。今回は穣子に譲ってあげる」と。

が、この時になって私は躊躇った。人間を飲み込むなんて初めてのことだ。どうやったら彼が苦しまないように飲み込めるか。舌を細かく上下に動かしながら、私は考えあぐねていた。
そんな私の煮え切らない態度に、お姉ちゃんは痺れを切らしたのだろうか。また私の口内に舌を差しこんできた。
私は慌てる。お姉ちゃんは舌を入れてくると、少年の体をゆっくりと私の舌の上で転がし始めた。それも、奥へ、奥へと。
どうやらお姉ちゃんは、少年を私の喉に押し込むつもりらしい。急なことに、私は少し抵抗しようとする。だが、お姉ちゃんのしなやかな舌の動きは、そんな抵抗をあざ笑うかのように少年をさらに押し込んでくる。
いつしか口内に唾液が溢れだし、少年のすべりを良くしている。私の舌の奥の方で、少年がお姉ちゃんの舌に押し込まれ、あと一歩で喉の奥に送り込まれようとしている。

あ、いけない、飲み込んじゃ…

つん、とお姉ちゃんの舌が少年を一押しする。その瞬間。少年の体が大きく傾き、私の喉の肉に包み込まれる感覚を覚える。その後は一瞬だった。


…ごっくん


喉が蠢く感触。私の食道は、私の意識とは無関係に、そこに入ってきた食物を下へ下へと送り込み始めていた。





下へ下へと、体を送られていく。何とか舌の感触から、自分が穣子様の腹の中に送り込まれたということをかろうじて感じていた。
体は物凄く疲れていた。動くこともままならない。だからこうやってすんなり腹の中に送り込まれているのだが、僕はもう、そんなことはどうでも良かった。

いよいよ秋の中に入る。自分が生まれた秋という季節に、またこうやって帰っていく…。

そう考えると、僕はなぜだか心の中が満たされる感触をおぼえた。

食道をどんどん下降していく。真っ暗なはずなのに、あたりが何故かよく見える。ピンク色の壁が、僕を押し流していく。そして、


ぐ、ぐっ


だだっ広い空間に落とされた。だが、しなやかな壁にぶつかり、怪我をするということは無かった。
大きく深呼吸をしようにも、息が苦しい。僕よりも相当広いはずなのに、酸素が少ないせいか、あまり深く息をすることはできなかった。

ゆっくりと、力の入らない体で、空間を見渡す。
一面に広がるピンク色の壁。真っ暗であまり良く見えないが、粘液のせいで程よく光っている。そういえばいつの間にか、僕の体にも粘液がまとわりついていた。
ヌルヌルしていて、暖かい。臭いを嗅いでみると、ちょっと酸っぱいような臭い。そうか、ここは胃の中なんだな。と、今になってようやく気付く。

そして、それとほぼ同時に、穣子様の胃も、中に入ってきた「僕」という食物を感知しはじめた。


グゴゴゴ…


胃の中に響き渡る重低音。何だろうと思っていたら、急に自分の立っているところが激しく揺れ始めた。たまらず、僕は胃の中でその動きに翻弄される。
そして粘液も激しく分泌されていく。体を覆うヌルヌルとした感覚が、いよいよ激しくなっていく。それと同時に、体中を襲うピリピリとした激しい痛み。
ああ、そうか、消化されるんだな。と僕は心の中で思う。こうやって穣子様の胃が僕を消化して、そして栄養として僕を取り込む。
いつしか胃の中は、胃液と粘液の海になっていた。その中を、僕は木の葉のように撹拌される。体を襲う痛みも激しいものとなり、意識がだんだん薄れていく。もう、自分の体もどこにいってしまったのか分からなくなってしまう。

だけれども。僕は思う。こんなに苦痛なことだけれど、意識が飛びそうになって、これから死んでしまうと分かっていても、それでも。

僕は、嬉しかった。

秋に生まれ、秋を友にして生き、そして秋を愛し、秋の中(今回は穣子様の中でだけど)で死んでいく。こんなに幸せなことは無かった。
穣子様の胃液の波を受ける、そのたびに、自分の体がボロボロと崩れ去っていく。
できたら、今度生まれ変わる時も、秋に生まれられたらいいな。ただ今は、どうか、この身を、僕のこの体を、穣子様が受け入れてくれますように…。おねが…。



意識が途切れる。秋穣子の胃は相変わらず消化活動を続けている。その中に漂う、少年だった肉の塊。
しかし、溶けかかった少年の顔は、どことなく満ち足りた表情をしていた。





「…ふぅ、溶けちゃったかな」

腹をさすりさすり、私は呟く。何だか、赤子をこの中に宿しているみたい。

「どんな感じ、穣子?信仰、感じる?」

「う、うん。驚きだよ。あんな小さな体にこんなに大きな信仰があるなんて…。何か、こう、体の底からすごくパワーが湧いてくる…」

久しぶりの感覚だった。今だったら何でもできるんじゃないかってぐらいの力。体の中心から、その力がとめどなく溢れだしてくる。
やっぱり、この子、凄い。だからこそ、このまま死なせるわけにはいかない。

「じゃあ、お姉ちゃん。そろそろ始めるけど、いい?」

「ええ、早ければ早いほどいいわ。長い間溶かされっぱなしって言うのも、あの子に悪いでしょ」

「よし、じゃぁ…」

私は、ゆっくりと深呼吸する。そうして、意識を集中させる。
掌で椀を作り、その中に私の力を溜めていく。なけなし、でも無いか、今はもうフルパワーの状態だから、その力をフルに使い、私の掌に集める。
掌の中に集まった力が、光となって小さな玉を作る。さらに私は意識を集中させ、それを少しずつ大きくしていく。
お姉ちゃんも黙ってその様子を見ている。というより、私に力を送っている。掌の中の光がさらに大きくなる。
やがて、その光が人の形を作り始める。さぁ、ここまできたら仕上げだ。

光を人の形にし、だんだんとそれを細かく形作っていく、完成品はもちろん、あの少年の形。
そうして、彼の形を作り上げたところで、一層強く念じる。光がはじけ飛び、私の掌から強い光線となって広がっていく。そうして、掌の中を覗き込む。
そこには、あの少年が、静かに寝息を立てて眠っていた。大成功だ。私は安堵して、お姉ちゃんに微笑みかける、お姉ちゃんも嬉しそうに微笑み返す。


そう、私たちの作戦というのは、これだったのだ。
腐っても私たちは神様。一応簡単な奇跡ぐらいだったら起こせる。それを使い、一回飲み込んだ少年をよみがえらせたのだった。
それを行うだけの力がまだ残っているかと不安にも思ったが、それは全くの杞憂だった。それどころか、こんなことをしてもまだ力が有り余っている。正直、ここまでの奇跡を起こさせられる少年の信仰には驚かされた。

少年は私の掌の中で眠っている。私はその様子を優しく見つめる。お姉ちゃんもその様子を優しい目で見つめている。
いつしか、東の空は白々と明けてきていた。





目が覚める。あれ、おかしいなぁ。僕は穣子様の胃の中で溶かされたはず…。それなのに、またこうやって目が覚めるなんて…。
そうか、ここは死後の世界なんだ。そんなことを考えつつ、僕はうっすらと目を開ける。

目を開けると、そこは僕が捧げられた祠だった。しかし、その様子は前見たときとまったく違っている。
祠の大きさは変わらなかったが、荒れ放題だった草木は綺麗に取り払われ、厳かな雰囲気が戻ってきていた。
それにしても…、と思う。あまりにも現実的すぎる。ここは本当に死後の世界なのかと。ひょっとして、これまでのことが夢だったのかな。

うーんうーんと考えつつ、後ろを振り向く。そして僕は驚いた。

立っている、あの二人が!静葉様と穣子様が!
しかし、その姿はあの祠と同じく、とても厳かな姿だった。朝日を背に、僕の前で仁王立ちしている。
その様子に、僕は思わずかしこまってしまう。ふと気付くと、いつ着せられていたのか、僕は最初来ていた白い服を着ていた。





「…少年よ」

穣子様の声。威厳がある。だが、どことなく優しい声。
そうして、穣子様と静葉様は交互に語り始めた。

「我らの生贄となってくれたこと、感謝する」

「我らはお前の信仰を余すことなく受け取った。その力、我らの想像を遥かに凌駕していた」

「おかげで、我らもこのように力を取り戻すことができた」

「「そこでだ」」

お二人の声が、重なる。また僕は背筋がピーンと伸びるのを感じる。

「お前を単に生贄で済ませるには、あまりにも勿体無い」

「ここで死なせ、清い信仰の心の持ち主を失うなど、あってはならない」

「もし、お前の意思がそれで良ければだが…」

「我らのもとに来て、神職になる気はないか」

僕は自分の耳を疑った。神職?いや、それ以上に、それはつまり…、お二人のそばにいられるということ?
そんな夢のような事なら願ったりかなったりだが、本当にいいのか?
突然の提案に、僕は一瞬躊躇していた。そんな様子に、お二人の声。

「「どうなんだ?」」

「は、はい!喜んでやらせていただきます!」

サッとくるような声に、思わず答えてしまっていた。だがこれは本心だ。後悔なんか全く無い。
お二人は僕の返答に、しばらく黙っていた。が、しばらくすると、穣子様の方が震えだして…

「やあああああったあああああああああ!!!!!!!」

僕のもとに猛ダッシュで駆け寄ると、僕をまた、ギュッと胸に抱きしめた。思わず窒息してしまいそうになる僕。

「良かった!貴方がいいって言ってくれて!!もしダメだって、言われたら、私、どうしようかと、ふぇ、ふえ、ふええええええん!!!!」

さっきまでの厳かな雰囲気はどこへやら、穣子様は僕をぎゅうぎゅうと抱きしめると、ワァワァ泣き出してしまった。
静葉様を見ると、こちらもよっぽど嬉しかったのか、目に涙をためて喜んでいる。
そうんなお二人の様子を見て、僕も、あ、ダメ…泣いちゃう…

「うわああああああん!嬉しいです!お二人のそばにいられるなんて、ぼ、僕、すごく、幸せです…!!」

穣子様の胸に抱かれて、大声を上げて涙を流す僕。暖かい、息をすると、秋の木々を思わせるいい香りがする。
頭を撫でられる、きっと静葉様あたりが指で僕を撫でているんだろう。長い間心のよりどころにしていた存在と、今、こうして出会うことができた…!そしてこれからは、ずっとその元で暮らしていける…!その感覚を改めて感じ、僕はまた大泣きした。
そんな僕を、お二人は泣きつつも、慈愛を込めた目で見つめていた。





「…、ご飯出来たわよ。食べましょー」

僕を呼ぶ穣子様の声。
はーいと返事をし、食卓に向かうと、そこにはまた秋の恵みがズラリ。

「うわぁー、これは美味しそうですねぇ」

そう言うと、穣子様が嬉しそうに答える。

「フフッ、何たって、豊穣神の作る食事ですから!!」

それを「調子に乗らない」とたしなめる静葉様。ああ、幸せだ。こんな日常。


あの日から、僕は妖怪の山のふもとにあるお二人の住処に住まわせてもらっている。
僕の信仰のおかげで(自分ではそんな凄い力があるなんてとうてい思えないけれど)、お二人の力もメキメキと戻り、僕がかつて住んでいた里も今年は豊作にしてくれるとのことらしい。
「お前たち、生贄に感謝するんだな」と里の衆に伝えるお二人の声に、キョトンとなっていた里の衆の表情は、今思い出しても吹きだしそうになる。


そして、ここに来て、僕には一つ日課ができた。それは…。


「ねぇ、…、ちょっと、いいかしら?」

食事を終えると、静葉様に呼び止められた。何ですか?と振り向きざまに、

ポイッ

口に放り込まれる。僕を口に収めつつ、静葉様の声。

「最近、またちょっと力が足らなくなっちゃって…、だから貴方の信仰、ちょっと頂戴?」

ああ、またか。と思いつつ、静葉様の舌の動きに身を任せる僕。
実際、気持ちいいのだ。こうやって体中を舐められるのが。

甘噛みされたり、唾液でトロトロにされたり、そうしてひとしきり舐めまわされると、僕は喉の奥に運ばれる、そして…

ごっ、くん…

あっという間に飲み込まれる。今日はご飯を食べた直後だからな。きっと胃の中でグチャグチャにされるぞ…。
外から穣子様の声が聞こえる。きっと「お姉ちゃん勝手に食べちゃってずるい!」とか言っているんだろう。そう思いつつ、僕は静葉様の体の中奥深くへと、飲み込まれていった…。




END