最近、ちょっと気になる人間がいる。
気になると言っても、恋心とかそういうのではない。
むしろ、嫉妬と言うか邪魔と言うか、若干の憎たらしさを感じるのだ。

幻想郷の上空にある、命蓮寺とかいう珍妙な寺にちょっかいを出すようになってから、今年で3年。
今やそこの住民とも顔なじみになってしまった私だが、つい最近、そのメンツの中に、新入りの「人間」が入って来たのだ。

「ぬえお姉ちゃん、こんにちは!」

初めて彼の姿を見た時、目を疑ったのを覚えている。
外見は少年の姿をしているのだが、驚くべきはその大きさだった。
何と、ミリ単位のゴマ粒ぐらいしかないではないか。うっかりすると風に飛ばされそうなサイズで、毘沙門天の弟子、寅丸星の掌の中にちょこんと収まっている。
あまりに大きな衝撃に、私はしどろもどろによろしくと言葉を返すのみだった。

「もとの大きさに戻るまで、ここで私が責任をもって預かってるんです。変なちょっかいかけないで下さいね?」

けん制するような星の言葉に若干ムッとしながらも、まぁ特に絡むことも無いだろうと、その時の私は二つ返事で了解していた。





しかし、ちょっかいをかけるなと言われるとちょっかいをかけたくなるのが人の世の常。
少年にある程度慣れてくると、私は彼にどんな悪戯を仕掛けてやろうかと画策するようになった。
私の正体不明の能力を使っていろんなものに化け、少年を捕まえようとしたり、少年自身に化けて星にいたずらしようとしたり…。
しかし、どれも失敗どころか、未遂に終わってしまう。
その理由は簡単、少年が、星のもとから離れてくれないのだ。
一人になった隙をつければ、このような悪戯など朝飯前なのに、星という保護者が付いているおかげで、うっかり変なこともできない。
それでも何とか星の目を欺こうと、数日観察を続けている間に、私は彼に対して、だんだんと憎たらしいという感情を持つようになってきた。
良く観察してみれば、少年の星に対するベッタリ度はハンパではなかった。というか、星の方も離してくれない、と言った方が良いのか。
寝る時も、ご飯を食べる時も、日中の御勤めの時も。そして、風呂に入る時ですら、星と少年は一緒にいる。
寺に住まう他の者たちですらここまでの扱いはないというのに、まるで両想いのカップルのような熱々ぶりなのだ。
きっと当人たちにとっては、姉弟愛の延長線上みたいなものなのだろう。しかし、そんな様子がなぜだか私には許せなかった。

(あんなに楽しそうに…!私にだってあんなにお世話してくれることなかったのに…!)

保護者のように私に目をかけてくれていた星の愛情を、まるまる彼に持って行かれたような気がして、私の嫉妬は、だいたいそんなところから生まれてきていた。

(くっそー!こうなったら、絶対にあの子にすっごい悪戯を仕掛けてやる!)

橋姫も舌を巻くほどの嫉妬だ。私はそんな少年にムキになって、それからもすっと彼にひと泡吹かせるタイミングをうかがい続けていた。





ある晩の命蓮寺、少年は、久しぶりに1人で床に就いていた。
小さな体に似つかわしくない、あまりにも広大な布団。その布団の本来の持ち主は、まだ夜の御勤めを終えておらず、床に入ってはきていない。
いつも隣で寝ているはずの人がいないというのは寂しかったが、それも少しの間のことで、床に入ってしばらくすると、少年は深い眠りへと落ちて行った。

どれぐらい経っただろうか、寝室のふすまが開く。
入ってきたのは、優しい優しい星お姉ちゃん…、ではなく、私。封獣ぬえ。
忍び足で少年の枕元に近づくと、ぐっすりと眠る少年を見て、にやり。意味深な笑みを浮かべ、私はそのまま少年を起こさないようそっと摘み上げた。
満月の光に照らされ、少年の寝顔が映る。こんなあどけなく、かわいらしい顔がこの後どんなおののく顔に歪むのだろうか…。
私は高まる気持ちを抑えながら、そのまま寝室を後にした。





所変わって、命蓮寺の屋根の上。うすら寒い空気の中、私は摘んだ少年をそっと掌に移し替えると、つんつん、と少年の顔をつついた。

「う、うん…」

小さく声を上げ、少年が目を覚ます。いきなり布団の外に出されて寒かったのだろう。ブルッと一震えして、寝ぼけ眼の焦点を合わせていく。と、

「―!!」

私の方を見て、固まる少年。彼の眼前に移るのは、満月を背にして、妖しく微笑む巨大な妖怪の姿。
そして、それが見知った顔だということを知ると、かすれた声で私の名前を呼ぶ。

「ぬ、ぬえ、お姉ちゃん…?」

あぁ、何と可愛いのだろう。この声、この震え、妖怪冥利に尽きる反応だ。
私は嗜虐心にゾクゾクとしながら、さらに恐怖を与えようと、そのまま黙って羽を少年の方へ持ってくる。

しゅる、しゅる

まるで蛇のしっぽのように羽の1つをくねらせ、そのまま少年を巻きつける。
と言っても、本当に死なれては困るので、決して潰さないように気を付けることも忘れない。
そして、そのまま私の顔の前に持ってくると、あ~ん、と大きく口を開ける。
その様子に少年も何か悟ったようだ。やだ、やめて、ぬえお姉ちゃん!
悲痛な叫び声を上げながら、少年が暴れる。しかしそんな反応、痛くも痒くもない。
私はそのままペロッと艶めかしく舌舐めずりを一回すると、そのまま尻尾から少年を離し…。

ぽいっ

少年が口の中に入ったのを確認し、そのまま口を固く閉じる。
そして、れろれろ、ねっとりとした舌使いで少年を少しの間責め立て、そのまま有無を言わさず喉を動かした。

ごっくん

少年が、取っ掛かり無くするすると滑り落ちていくのを感じる。うーん、こんなにあっさりした感触なら、もっと口内で苛めてあげれば良かったかな。
少し後悔したものの、私は大方の悪戯が大成功したのに満足し、ぐるぐると鳴るお腹をさすっていた。





つるつる、つるっ

ぬえの食道を、少年は滑り落ちていく。
ゴマ粒のように小さな体では、食道の筋肉も蠕動する気にならないと、ただただ唾液とともに重力に任せて下降していく。
やがて、噴門の窄まりに足を突っ込んだと思ったら、これまたあっさりと噴門が開き、少年をぬえの胃の中へと招待した。
まとわりつく粘液をめいっぱい体に浴びながら胃壁を滑っていき、胃底の部分でようやく止まる。この時になって。少年ははぁ、と大きくため息をついた。

ブヨブヨとした胃壁に寄りかかりながら、少年は胃袋の様子を見渡し始める。
ピンク色の胃壁にキラキラと艶めかしく光るのは、さっきまで自分に絡みついてきた粘液。両手を伸ばしても、当然壁の向こう側に届くことは無い。
立ち上がれば、噴門ははるか上空にある。食物も腸に送り込んだ後のようで、胃の中は空っぽだ。
代わりに、大ホールのような胃袋の中に響くのは、ドクン、ドクンと太鼓のようになるぬえの心臓と、その呼吸音のみ。

…と、一通り自分の置かれている状況を確認すると、少年はもう一度大きなため息をつく。そして、少し悲しそうな顔をして噴門の部分を見上げる。

「こんなこと、したくないんだけどな」

意味深な言葉を呟き、少年はぬえの胃袋を歩き始める。柔らかく沈み込む胃壁に足を取られながらも、少年は腹部に近いほうの胃壁へとたどり着いた。

「ぬえお姉ちゃん、ごめんね」

少年は小さく呟くと、服の胸元から何やらごそごそと取り出し始めた。





少年を飲み込んだ私は、凄く満ち足りた気分だった。これで最近のイライラを晴らしたと、気分爽快だったのだ。
とはいえ、あまり長く胃袋に留まらせておくつもりもない。今回はあくまで悪戯だ。
あまり長く飲み込んだままにしておくと、胃液が分泌され始め、もはや悪戯どころではすまない事態になってしまう。
よし、気分もすっきりしたし、そろそろ吐き出してあげようかな、と、私は腹部に力を入れた。

その時だった。

―ズキン!

「!?」

突如腹部を襲う、激しい痛み。私は思わず腹を抑える。

―ズキン、ズキン!

拍動を持って訪れる、内側から刺されるような痛みに、私はあっという間に参ってしまった。

「うああああ!痛い、痛い!痛いいいいい!」

命蓮寺の屋根の上に、私の叫び声が響いた。





「…で、…にこんな悪戯を仕組んだわけですか」

呆れたような顔をして星が言う。その手の中には、粘液濡れになって私のことを心配そうに見つめる少年の顔。
そしてその手の中には、針の先端を切り取ったようなものが、短剣のように握られている。
そう、これがさっきの私の痛みの原因。少年がこれを使って私の胃をプスプスとつついたのだ。

少年にとっては軽い一撃でも、デリケートな私の胃粘膜は過敏に反応してしまう。
私の叫び声が星に聞こえていなければ、私はショック死してしまうところだった。

「ううぅ…軽い気持ちでやったのだけなのに…。それがまさかあんなひどい目に遭うなんてさぁ…」

横になりながら、私はうらめしげに言う。それに対して、星がぴしゃりと制する。

「何を言っているんです。あのまま貴方が吐き出せなかったら、…は消化されてしまうところだったんですよ」

確かに、星の言うことも一理ある。
軽い冗談とはいえ、食物と同じように少年を扱ったのだから、そういったリスクも当然ないわけではない。
ごめんなさい。と平身低頭で謝る私に、星と少年は「まぁ、それだけ懲りていればいいでしょう」と、私のことをあっさり許してくれた。

「それにしても、みんな同じことを考えるんですねぇ…。こんなことをしたの、貴方で3人目ですよ?」

星の言葉に、えっ、と私は耳を疑った。
まさか先人がいたとは。私はもう少しその話が聞きたくて、詳しく離すように星にせびった。

「フフ、実はですね、村紗もナズーリンも、同じようなことやってるんですよ。貴方と同じように、私をこの子に取られることを恐れて、ね」

ドキリ。そんなところまで見抜かれていたのか。
いたずらっぽく話す星を見ながら、だんだんと顔が紅潮するのを感じる。
もちろん、それこそが私の悪戯の動機だけど、それを嫉妬の対象からはっきりと言われてしまうと…。

「…ッ」

私は返す言葉も無く、恥ずかしさのあまりそのまま星に背中を向けてしまう。そんな私に、追い打ちをかけるように星の言葉。

「大丈夫ですよ、ぬえ。…がいたとしても、貴方を放っておくなんてこと、絶対にしませんから…」

あまり聞くことのない艶のある星の声。私の体がゾクゾクっとなるのを感じる。
きっとナズーリンや村紗の時も同じようなことをしたのだろう。何とも手慣れた声色で、私の耳元で囁くのだ。
さすがに少年には刺激が強いからとその様子を見せないように配慮してはいたものの、
思わぬ公開処刑に私はいよいよ恥ずかしくなって、逃げるように布団を被ってしまった。

―クッソー!何か最後、上手いようにやりこめられてるじゃないか、私!

私の嫉妬は、いつしか少年から、星に対する嫉妬へと変わってしまっていたようだった。





ぬえを別室に寝かせ、私は少年と一緒に部屋に戻る。時間はもう日付が変わる直前だ。
部屋に入ると、やはり不安だったのだろう。ぎゅっと胸元に抱きついてくる少年を、私は優しく掌で包み込む。

「…怖かった?」

少年がこくりと頷き、さらに抱きつく力を強める。指先で撫でると、洗いたての髪のさらさらとした感触。
それがついつい愛おしくて、私は何度も少年の頭をくりくりと撫でる。と、少年の一言

「星おねえちゃん…」

「ん?どうしたの?」

「あの…”食べて”…?」

さっきまで食べられていて、怖い思いをしていたのに、私に限っては「食べられたい」と自ら頼んでくる。そんな彼に、私は苦笑する。

「ふふ、いいの?さっきぬえに食べられて、凄く怖かったんじゃないの?」

意地悪な質問を投げかけてみる。が、少年はふるふると首を振った。

「ううん、大丈夫…星お姉ちゃんだったら、溶けちゃうことも無いし…」

クスクスと心の中で笑う。そう、なぜかこの子、私の胃液にだけは耐性があるのだ。
これまでに何回も食べてきた中で、胃酸や酵素に対する免疫がついたのだろうと適当な理屈をつけてはいるのだが、
私自身は、おそらくずっと彼と一緒に過ごしてきた中での、「信頼関係」がなせる技だからなどと勝手に思っていたりする。
実際、少年の方も私のことを信じ切っているからこその「食べられたい」という言葉であって、それを断る理由なんか私には無かった。

「いいよ、おいで」

少年を人差し指の上に乗せ、そのまま口の中に持っていく。そして、そのまま指をひっくり返し少年が舌の上に乗ったのを確認すると、

―れろん

舌で包むように、少年の体を舌と舌の間にサンドイッチにしてしまう。舌の中でもぞもぞと動く少年が可愛くて、私はもう我慢が出来ない。
そのまま舌を器用に動かし、れろれろ、ぴちゃぴちゃ、ぐちゅぐちゅ、優しく、時に激しく、少年の体を舐めまわしていく。

そして、どれぐらいの時間が経っただろうか、少年の味が無くなったところで、

―ごくっ!

大きな嚥下音とともに、少年が私の喉を滑り落ちていく。
結構激しく舌で舐めまわした上に、この遅い時間だ。きっと胃の中に着いたらそのまま眠ってしまうだろう。
そう考えると、私もふああ…、と欠伸をしてしまう。

(よし、私も寝るか…)

いそいそと布団に入ると、もう胃の中で少年の動きを感じ取ることは出来ない。もう、眠ってしまったのだろう。
私の胃壁に寄り掛かって、粘液に濡れた少年が眠っている…。そんな変態的な妄想が、私を激しく興奮させる。

「…フフッ」

思わず笑みが零れる、少年の愛おしさに、私は思わず体を丸めてしまう。まるで、少年をその中に包み込んでしまうように。
そして、フッ、と安らかな顔に戻ると、私はそのまま深い眠りへと落ちて行った。。

「おやすみ、…」





END